Profile

僕は『全ての女性を美しく、自信へ導くことを使命』にて日々活動しております。

なぜこのような思いで活動しているのか、プロフィールを絡めて自己紹介させて下さい。


【高校時代】

県内ではわりと進学校だった茨城県立水海道第一高校に通っていました。

その頃は高校デビューともあり、悪ぶっていてもなりきれていない、

中途半端な進学校の生徒でした。


部活動にはテニス部に所属するもののほぼ幽霊部員で、

当時はやっていたスケーターブームにのっかり、

サーフィンをかじっていた時期でもありました。


そんなわけで大学受験も現役で失敗し、

ハーゲンダッツでバイトをしながら浪人生活をしていました。


【大学時代】

浪人生活も英語以外はとても苦手で、行きたい大学には入れずで、

上京して都内の私立大学の経営学部で経営全般について学びました。

『その時から経営に興味があったのか?』と聞かれますが、

たまたま受験して受かった学部が経営学部だったというだけです。


大学2年生までは、テニス・イベントサークルに所属して

学校にもほとんど行かず、バイト生活・サークル活動・サーフィンに

明け暮れていました。この時の夢はバーテンのオーナー(笑)


【メイクの道を志す転機】

大学3年生の時、祖母が体調を崩して入院。

高校生まではおばあちゃん子だったものの大学生活が楽しくて、

ろくにお見舞いも行かずに遊んで暮らしていました。


危篤になった時に、事の重大性を感じ病院に通うも会話できない状態が続き、

『もっと早く来るべきだった』と後悔する日々が続きました・・・


その時に知ったのが、介護老人ホームでの美容ボランティアでした。

簡単に口紅を塗るという作業でしたが、祖母と老人ホームのおばあさんが重なり、

祖母と会話できなかった寂しさを、埋めようとしていました。


口紅をつけたおばあさんは、元々引きこもりがちでしたが、

キレイになった自分を見て素敵な笑顔になり、ご自分が持っている

一番お気に入りの服に着替えて、他の方々と交流するようになったそうです。


その話を聞いて『女性を美しくすることで自信を与えられるメイク』

非常に興味を持ち、全ての私財を投入して200万円かき集めて、

メイクの学校に入学することになりました。


親との約束で大学は卒業することが条件だったので、

2年間遊びくれたツケの100近くの単位と完全予約制の

メイクスクールをダブルスクールで通うことになったのです。


【メイクアップアーティスト下積み時代】

アーティストとしてひよっこの頃はメイクの師匠である先生の

アシスタント研修生をさせていただき、メイクの現場で必要な

対応力の基礎を1年近く学ばせていただきました。


美容業界の下積みは無給が基本なので、

カフェバーでアルバイトをしながら現場経験を積み、

仕事の取れるメイクアップアーティストになるべく、

努力を積み重ねていました。


ですが、実力主義のこの業界では、新人にまわってくる

仕事はほとんどなく、生活が厳しくなってきてしまい、

化粧品会社への就職を考えるようになりました。


当時は男性が化粧品会社で働くという文化は、

まだ浸透していなかったので、10社近く化粧品会社に

履歴書を送ったものの、書類選考落ちが続きました。


最後の最後に送った会社が、エスティローダー株式会社

スティラ事業部(現在は日本から撤退しています)であり、

美容部員として拾っていただくことができました。


【化粧品会社時代】

つづく・・・